今まで私が個別指導塾を利用する場合の例として
- 自習室利用
- 学校の授業にまったくついていけない場合の補習として
- トップレベルの子が分からない箇所をピンポイントで解説を受けるため
を挙げていたが
トップレベルの子はAIを利用して自分で学べるので、ますます塾を「勉強を教えてもらう場」として利用する意味がなくなってくるので(自分で学べるということに気づけていない、気づこうとしない子はまだ多くいるが、そろそろ気付き始めるはず)
2026年内に3番目はAIによって必要性がかなり薄れてしまうことが予想される。
私自身が一応個別指導で教えているということもあるので、断言できるが、ほとんどの場合個別指導で学ぶことはお勧めできない。
ここで中教審が使用したことで最近耳にするようになった「個別最適化」という言葉を誤解している人が多いようなので書いておくが(これ、教育心理学を学んでいる人からすれば当たり前のことで概念自体は少なくとも100年前からある。ここ最近のAIの進化によりそれが急務だと焦って偉い人が言い始めているだけ)
個別指導≠個別最適化
である。
個別最適化というのは、子どもの状態に合わせて「学びを調整する」ことであり
1人ひとりの理解状況に応じて分からない問題を丁寧に説明して問題を解けるようにするのとは異なる(塾の中には個別指導を個別最適化と勘違いしている、あるいは知ったうえで本来の意味とは違う使い方をしているところがある)。
個別指導は指導者の接し方によっては絶対とは言えないが
「自分で考えやるべきことを、丁寧に教えて表面的にできたような気にさせることで、自分で学び方を学ぶ機会を奪う可能性がある」
ということを知っておかなければならない(もちろんこれは一方通行の授業をしている集団指導でも同じことが言えてしまうが)。
学校や塾が子供たちに伝えるべきこと、身につけさせてあげるべきことは
個別最適化のほうで
当然個別指導でそれをやる必要もなく、集団指導でもできることである(本人に何か興味があることがあれば自然に学ぶので、学校や塾が必要ない場合も当然ある)。
繰り返すが、テストのために問題を解けるようになるために丁寧に指導をすることとAIが社会に浸透しそれを使うのが当たり前の世界が構築されたときにほとんど意味をなさなくなる(と自分は思っている)。
塾は小中学生が、
- 学ぶことが重要だということを知る場
- 学びの環境に自らを置く場
- 学び方を学ぶ場
- コミュニケーションをする場
- 学校の勉強以外にも学ぶべきことがあるということを知る場
になっていかなくてはならないと思う(私は少なくとも2016年ころからはこれらを意識して指導に当たっているが、チラシを年に2・3回、毎回2万枚配ってもチラシ経由での問い合わせがゼロということが何年も続いている状況から、まだまだ私の考え方は受け入れられていないことを実感している。ただ、今年は過去から考えられないほど問い合わせがあるので驚いている。とはいっても片手で数えられてしまうほどでしかないが…。人数が少ないからこそ生徒との距離が近いという利点があり、私自身は楽しんでいる。それにしても、本当にうちの塾には問い合わせがほとんどないので、1学年の生徒が1学年の生徒がゼロ人ということも普通に起こっているので、今まで潰れていないことが不思議で仕方がない。もちろん生徒が1人でもいたら塾をつぶす気はないが)
定期テストで点数を取るなんてことを第一の目標にするのは本当にやめたほうがいい。
子どもたちは大人と違い未来を考えながら生きていくことは難しく
1年先どころか1か月先の未来を考えることをできている子はほとんどおらず、今日・明日を必死になって生きていることが多い。
そんな中、勉強=学校の勉強=点を取るために1日中勉強
なんてことをさせては
自分で考えて行動をできずただ言われたことしかできない大人になってしまう可能性が高い
勉強だけをさせて定期テストの結果高ければ高いほど褒め、悪い結果になれば否定するなんてことをしてはまずい。
私の塾で生徒の学力で生徒を選別するようなことをしないのはそういうこと
もちろん、親が塾に求めていることの一つに目先の結果があることは重々承知しているので、テストの結果も当然気にするし、塾生の結果への責任は塾にあるのは当然だが、「勉強だけが大切」「努力をしても勉強ができないことを否定する」なんて対応を子供たちにして無理やり勉強をさせるなんてことはしない。
うちの塾で筑紫丘・春日といった高校に合格した子、それらの高校に合格できる実力はあったが私立専願で私立に進学した子は
同じレベルの子の半分くらいしか勉強はしていないかもしれない。
もちろんそれが影響して、強制的に勉強をさせていれば筑紫丘・春日に合格できるくらいの実力になっていた可能性の高い子がそこまでの実力になれなかった場合も間違いなくあるだろうが(大量の課題を与えているにもかかわらず筑紫丘・春日に合格できない、ないし受験を控える子が相当数いるので、うちの塾だったから筑紫丘・春日に合格できなかったということはないと私は考えていない)
自分の趣味、スポーツ、芸術分野に力を入れつつ、必要十分な量の勉強をして合格できる学校に進学をする方が私は絶対にいいと思っている。
学校の勉強と同じように、遊び・読書・スポーツ・芸術活動も大切なのだから
